2015.09.12-13 北岳バットレスDガリー奥壁/岩登り
- 2015/09/26(Sat) -
北岳バットレスDガリー奥壁 岩登り(2015年9月11日~13日)
メンバー:2名

コースタイム:
11日(金) 20:00大阪発=翌02:15市営芦安駐車場(テント泊)
12日(土) 05:15駐車場=(バス)=06:15広河原06:25発~09:20二俣09:35発~10:50C沢D沢の出合い~11:45五尾根支稜取り付き~13:10五尾根支稜頭~Dガリー~14:50Dガリー奥壁取り付き~18:00城塞ハング取り付き(渋滞)~18:45終了点(ビバーク)
13日(日) 09:20ビバーク点~10:00北岳山頂10:20発~14:10広河原=23:00大阪

内容:
 来年目標にしているチンネ左稜線を見据え、メンバーと相談しながらロングな継続登攀ができる岩登りルートとして北岳バットレスDガリー奥壁を選んだ。数週間前にチームの精神的・技術的支柱であるTさんを欠いたことで不安な日々が始まり、また家族のご不幸によるメンバー個人の精神的落ち込みも追い打ちをかけ、チーム状況としては劣悪。リーダー判断として投了と隣合わせの準備期間だった。不安を払拭しようと直前に仁川岩トレを実施したが、雨で充分な練習ができず、不安は払拭できなかった。そこからは、人に求めるよりも、「自分が落ちずにリードできれば安全」と開き直って、各自ジムに通ったり、ランニング、筋トレ等により自分を鍛えて本番を迎えた。
 当ルートの困難さは、4段ハングにあることは周知だが、ルート上でのビバークを前提とした為に全装備を担いて登らなくてはならず、重荷を背負ってのハング突破は困難が予想された。従って、可能な限りの荷を減らすことが求められた。シュラフ、エアマットの持参禁止、その他スパッツ、台敷などの贅肉はそぎ落とし、ギア類も2人併せて1人前の数だけに絞ったのはもちろん、一つ一つの装備を秤に載せ吟味して揃えた程だった。
 
 11日夜20時に大阪をでるが北岳は遠い。翌2時過ぎに市営芦安駐車場に着し、ほぼ満車状態の隙間に駐車スペースを見つけテント泊。
 12日、4時45分起床。5時15分発のバス乗車。2時間睡眠の不足分はバスでの仮眠で補いたかったが、満員で立ち乗り乗車。大きく思惑が外れた。1時間で広河原へ。黄色い朝日を浴びた北岳が、青空をバックに立ち上がって見えた。
 大樺沢沿いの樹林帯を二俣目指して歩き出す。
 ヤマテンによると翌朝は一時的に風雨の予報。晴天の本日中に登攀を終えておきたい。従って一日で1500mの標高を上げる必要がある。先は長いのでオーバーペースに気を使いながら、二俣まではゆっくり歩いた。暑さに弱いHさんが既に苦しそう。
 水は全く所持していない。途中で2日分の水2.5Lを確保する必要があった。極力高い標高で補給したい。台風通過後で水量は豊富であったため、二俣での補給はスルー。沢の水量を見極めながら淡々と登高し、記録写真と照合してC沢D沢出合いに到着を確認。
 C沢D沢間の尾根には、大樺沢沿い登山道でD沢を渡渉後50m程でD沢へ下りる踏み跡へ右折し、そのままD沢を渡渉、対岸に見える踏み跡から取り付いた。
 CD尾根はところどころ根を掴みながらの急登で、30分ほどでバットレスが眼前に広がる開けた草原地帯にでた。それより高度を上げるとC沢の水が伏流し始めたので、緩いガレ場を下り、作戦通りかなり高標高で水を補給できた。
 ついに登攀が始まる。懸念していた取り付きには幸い渋滞なし。5尾根支稜目前の草原地帯で登攀具をつける。すると上の岩場から「ラーク!」の声と同時に人頭大大石を含む複数の石が隕石のように降ってくる。バウンドしながら広角へ散らばる。こちらへ来る人頭大の大石もよく見極めて避けようと思った。憎いことに再度バウンドして私達の正面方向に向きを変えた時点で不意を点かれて私もフリーズ状態。目前に伏せるしかできなかった。幸い私達の5メートル程手前の砂場にドスンと落ちて止まった模様。今回の山行で一番危険だった。Hさんはラーク!の声と同時にひれ伏し姿勢(神頼みのタイミング早過ぎっしょ)。「落となー!!!」と怒鳴ってしまったのは言うまでもない。どうやら4尾根への巻道を誤ったパーティーが落としているようだ。慌てて岸壁庇下の安全地帯へ準備場所を移すことにした。
(ここから1段落は汚い話なので食事中の方はスキップしてください)
 危険な目に合わされた怒りを感じながらも、なんか臭い。なんと!ひれ伏した際に誰のとも分からぬ排泄物が、Hさんの装備にべっとりついてしまったのだ。強烈な匂いと予期せぬ事故のショックでHさんはうなだれてもどしている。こんな敗退は嫌なので、私はそそくさとペーパーで拭き取り、修復不能箇所はナイフで切り捨て、汚れた部分はテーピングで覆った。子育てによる汚物への慣れが役だった瞬間だった。この時は、Hさんもきっと「こんなところに落とすなー!!!」と心のなかで叫んでいたに違いない。
 5尾根支稜の1ピッチ目はノーザイルで通過した記録を予め読んでいたので、様子を見ながらトライしたらすんなり通過。2ピッチ目からシングルロープでアンザイレンしHさんにトップを頼んだ。フェースを5m登った後、右のカンテに沿ってラインを引き、50m一杯で支稜頭まで伸ばすナイスリードだった。
 5尾根末端から登攀してきた4人パーティーと頭で合流し、彼らはDガリーをもう1ピッチ詰めた後、4尾根目指して巻いていった。先ほどの落石の際は、彼らも怖いかったに違いないが、「こちら大丈夫です!」と落石を起こしたパーティーに返答できるぐらい、大人な対応の爽やかなパーティーだった。
 支稜頭からはII~III級の岩場5、6ピッチ分ぐらいの距離をコンテで上がっていく。ゴール地点の城塞ハングの切れ目がグンと近づいてきた。扇状に視野が開けてると四尾根に近いコース取りを意識した。勾配が急になってきたので安全のためスタカットに切り替え3ピッチ程登ると、記録写真で見覚えのあるハングが見えてきた。ハング下のテラスについたのは14時50分。支稜頭からハング下まで3時間を想定していたが2時間で上がってきた。Hさんはさすがクライマー、岩場ではギアが上がるなと感心した。
 さあ、眼前の4段ハングとそれに続く赤い壁のクラック。これに挑戦するために準備してきたのだ。緊張と期待で心が充満した。
 少しでも身軽になろうと余計な水500mlを捨て、いざトライ。
 1ピッチ目20mの4段ハング+クラック。ハング1段目から困難。ひとつ目のランニングを背伸びして取り、悔しいけどA0して段差をのっこす。凹角地形の側壁段差を左足で捉え、右足のフリクションを利用しながら2段、3段を登高し、最上段へ。右手は手がかりのないスラブなので左手をクラックにジャミングして上体を引き上げるのがセオリ-。しかし、クラック幅が拳よりも広く体重を預けるのは不安だった。クラック内に指に架かる小さなホールドを見つけそれを頼りにバランスで上体を上げた。一歩上がれば右手のホールドも見つかるかと想定したが、憎いことにつるりとしたスラブのままだった。うわさ通りの難所だった。
 Hさんは鐙をつかって挑戦した。最上段ハングで右に巻いて逃げたいと弱音を吐いていたが、タイミングを合わせて引張り上げることで難所を越えてもらった。
 2ピッチ目35m。つるりとした赤いスラブに唯一手がかりとしてあるクラックを右上して登った。フットジャムでは足が痛くてクラック内の小さなスタンスを拾った。Oさんにお借りしたカムでランニングを取りながら、日本一高い場所にある岩場の高度感を独り占めで満喫した。
 Hさんも1ピッチ目の硬い表情とは違い、赤いスラブのクラック登りを存分に楽しんでいるようだった。4尾根ルートを登攀する多数のパーティーの賑やかさが私達を和ませ、また難所は概ね片付けていた安心感もあり、夕暮れが迫ってきても純粋に岩を楽しんだ。
 3ピッチ目20m。ホールドスタンスの豊富なスラブを狭いチムニー取り付きまで登る。ここは傾斜も緩いので容易だった。
 4ピッチ目35m。狭いチムニーのピッチは意外と曲者で、チムニーが垂壁から緩傾斜スラブへ変わる段差にはホールドが乏しく、バランスを要した。
 5ピッチ目15m。2010年の崩壊により城塞ハングを越える右チムニーは消失し、今は左チムニーが唯一の脱出ルートである。そして4尾根ルートも合流するため、取り付きで今回はじめて渋滞した。支稜頭で4尾根巻いていったパーティーとも再会した。情報交換しながら楽しく順番を待ち、我々の番になった時には手元が見づらいくらい夜が近づいていた。ランニングにしたヌンチャク3本を躊躇なくつかみA0でチムニー状の垂壁を越えた。Hさんも速やかに上がってきた。安全に登攀完了!信頼してついてきてくださってた感謝を感じながらHさんと握手。
 終了点から緩い岩場を50m程上がった所に3畳程のテラスがあり、そこでツェルトビバーク。満点の星空の下、今日の長い工程を振り返りながら夕食を採り、少量の酒を分けあいながら贅沢な時間。睡眠時は全ての衣類を着こみ隠しカイロとシュラフカバーで眠ったが、経験上最高に寒い夜。30分置きに目覚めた。でもあのハングを越えるための戦略としてこの軽量化は大成功だった。
 翌日は5時頃から朝日が差し、ツェルト内が温まってきたころから熟睡。予報通り6時から小雨が降り出したので、雨をやり過ごしながら8時半まで停滞。
 雨が止みガスが切れてきた9時20分にビバーク地を発ち、踏み跡を辿って10時に北岳山頂へ。甲斐駒ケ岳、鳳凰三山など名峰をのぞむことができ、山から新たな招待を受けているようだった。
 また一つ、素晴らしいルートにより山頂に到達できた。メンバーとのこの達成感の共有は何にも代えがたい喜びだ。同時に今回は充分とはいえない仕上がり具合のなか安全に遂行できた安堵を強く感じたのも確かだった。
 いつか更にチーム力を高めて、よりストレートに北岳へ突き上げる中央稜にトライできたらと思う。

s-08 2P

ルート図
s-登攀ルート図


バットレス全景
s-01 バットレス


CD沢出合
s-02 CD沢出合い


5尾根主稜取り付き草原
s-03 5尾根支稜取り付き草原


s-04 dgari


1P目
s-05 1P


s-06 1Pきゅ


2P目
s-07 2Pきゅ


2P目終了点
s-09 2P終了点きゅ


3P目
s-10 3P


狭いチムニー
s-11 狭いチムニー


山頂
s-12 頂上


富士山
s-13 富士山きゅ
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